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結城里音のBLOG

PixivにてSSを執筆している作家のブログになります。

誰かができるのなら、自分もできる…けど…

 普段、何気なく見ている動画も、よくよく考えると共通したことが見えてくる。それは、ある意味で世の中の心理に至る道?

「どう考えて、どう行動するかを知ると、ある程度はできるようになる。」

そんな話。

 


ある人の行動そのものには‘思い’が隠れている。

 人が行動するときの、意識無意識にかかわらず、その陰には思いが宿っています。それを原動力として、人は行動するようになります。無意識といっても、意識した段階で、無意識ではなくなってしまいますが。それはともかく、いろいろなことが無意識下で選択されています。
 その陰には、しっかりと思いを遂げるために、相手を意図した方向に誘導するためにといった思いが込められています。特に、スーパーや商材などはまさにそれですね。内容こそ、そこまで気にすることのないものでも、ある特定の単語をつけることで、一気に魅力が増します。例えば……

 ‘限定商品’‘ここだけの話…’‘元祖’

 などなど、上げていったらキリがありません。
 そのどれもが集客に使われたり、作家や販売店の店主の意向を伝えるために、思いが購入者の目にとまり購入へとつながるプロセスが、紡がれるのです。それが当たりまえで、慣れっこになってしまいます。
 本来なら、ここである程度の人は思考を止めてしまいます。盲目的に慣れっこになることが定石だった時、動かなくなるまでは気が付きません。そこに何があって、正常に動いているうちは、当たり前になり、いつしか使えなくなるということが自然と目に見えています。
 それは、言霊をはらみ、相手の心を突き動かすこともあります。


言霊があると言われるゆえん。

 前項で少し上げた‘言霊’についてですが、言葉に感情が乗り、さらには受け取った人の感情を揺れ動かすことができる。これが言霊ですね。意識せずとも普通にあります。ただ、これ。シュレディンガーの猫と同じです。
 シュレディンガーの猫を概要だけ話すと、箱の中に入れた猫を、箱を閉じた状態で観察すると、箱の中の猫は…

 ‘死んでいる’
 ‘生きている’

 という二つのパターンが見て取れるということになります。しかし、箱を開けて確認するまでは、どちらの結果も存在しているということになります。
 そして、言霊はこの‘猫’の方になります。私は箱を開けて言霊について知りました。そうすることでその言霊という存在は認知されて、私たちに影響を与えているということを、教えてくれます。
 しかし、言霊を知らない人にとっては、単純な慣れっこで、視認はしているものの、確認することはなく、そのままにしてしまいます。まして、人とは忘れやすい生き物。そのため、一定の期間が過ぎるとその記憶は消失してしまいます。そのことで‘物忘れ’や‘忘れ物’という現象が発生するのです。

 しかし、ものの見方を変えると、その事柄は一気に変化を始めます。‘視認’する方向に選択肢を変えたことで、どう思っていたのかも伝わってくることがあります。それは、物語として、はたまたアニメとして…キャラクターの思いに心を寄せると、よりその考えが明確化していきます。
 ただ、ここで少しばかり変化が訪れます。それが……

 ‘同じ選択肢を経ても、全く同じ。にはならない’

 ということです。確実論ではないにしろ、近い位置までには到達できることでしょう。しかし、人間が介在するうえで‘完璧’は不可能に近いです。なら、完璧にこだわり過ぎずに、程よいところを目指す方針に変える努力をしましょう。


なんでも‘完璧’は傲慢。

 人というのは、どうしても‘完璧’を求めてしまうもの、それを‘仕方ない’と受け入れるか‘いや、普通でもいいよ’ととらえるのかで、世界が変わって見えてきます。当然、TOPを目指した方がいいものもあります。それが、普段の生活に関係していることならまだしも、そこまで高クオリティーのを‘求めない’のであれば、TOPでなくてもいいのです。
 特に、ハウツーなどでやり方をピックアップしている動画はたくさんあります。それは、環境に応じて全く違う効果を導きだしたりすることもあります。全く同じ環境で、同じ状況下で行ったとしても、同じ結果を導くことはありません。それが当たりまえで普通なのですから。

 育ってきた環境が違うのだから、求めることも得るものもみな違います。多種多様なことが認められ始めている中で、いろいろな事柄のハウツーが動画として更新されています。
 しかし、そんな中にも、どこかちらっと違うものが存在します。それは、いい面かもしれませんし、悪い面かもしれません。それを取捨選択するのもあなた自身なのですから。

 ここでは、このようなためになるかもしれない話を、ただレトロな旧マックのようなカラーリングの元で行う執筆動画です。
 ぬるく長い目で見ていただくと幸いです。

 こちらの記事は、以下のURLで執筆動画が公開されます。

 https://youtu.be/gnvhs3UQIEA

良薬口に苦しとは言うけれど、その影には親の想いが…

 良薬口に苦しとはいうけれど、そのことわざに両親の想いが含まれているのは、皆さん知っての通り。しかし、このことわざの想いは、さらに派生を続けて薬のことだけに限らないことがわかってきます。そこで今回は……


「薬も苦いけれど、生活でも苦いものはある。」


 そんな話。

 


もともとは、両親の想いが‘ことわざ’として伝わったもの。

 最近になってからというもの、子供でも飲めるような苦くはない薬も登場してきました。同じ薬効成分を使い、苦いと感じる味覚を極力なくした薬ができたことで、子供たちでも容易に飲めるようになりました。
 それまでは、苦虫をつぶしたような表情をしながら飲んだものです。または、オブラートと呼ばれる、胃酸で溶ける飴状のシートにくるんでから飲むということをしていました。今では、オブラートではなく、飲みやすいゼリーも登場してきています。
 日々、日進月歩で新しく飲みやすくするためのものが、どんどん生まれてきています。そのため、この言葉‘良薬口に苦し’という言葉も、過去のことわざになりつつあります。

 その言葉に込められた思いは、いつしか違う言葉に置き換わり、使われなくなってきています。ただ、この言葉は、別の意味にも応用が可能となってきています。それは、体を治癒させるために使われる‘薬’というよりも、人同士の付き合いを改善するための‘薬’としての意味合いが、私の中で感じ取れています。


誰しもが通過する‘新入社員’。この時が、一番。処方されているような状況。

 今年はいろいろな状況が複雑に絡み合い、いろいろとややこしいことになっています。後半から入社した人であれば、今このことを感じている人がいるかもしれません。
 右も左もわからない人は、どうしても失敗を重ねてしまうものです。そうして、失敗を重ねてしまうと、仕事そのものが嫌になってしまいます。当事者はこう考えるようになってしまいます。

 ‘こんなつらい仕事…やってられるか’

 と、こう考えるようになります。そう考えるようになると、一気に仕事が嫌になり離職の道を選ぶことになります。
 人には得手不得手が存在し、どうしても上達できない場合があり、職業選択の面からしても、離職の道を選ぶのもの納得できます。しかし、その選択をする前に、このことを考えてください。

 ‘もっと効率的な考え方はないんだろうか’

 そう考えていくことで、自分には足りないものが見えてきます。自分に対して何が足りていないのかを見つけれるようになってくると、自然と仕事もうまくいくようになるのです。
 また、その自分に足りないものが、この瞬間得られないものだとしても、機を熟すことで自然と得られるものがあります。しかし、この当時は夢中になってしまい冷静さを欠いたことで‘盲目’になってしまっているため、その改善点が見えなくなります。


最初こそ辛いものだとしても、その実。気が熟せば…

 いくらつらい仕事だとしても時間と心の成長で、それまで辛かったことでも平気になってしまうのです。
 幼いころに両親から言われた‘良薬口に苦し’のあの思いは、仕事に就き大人になっていくうちに、いつしか忘れることでしょう。しかし、心のどこかにとどめておくことで、普段の生活にも生かせることはたくさんあります。
 最初は辛く、大変なことだとしても、効率化や時間をかけて心を成長させていくことで、自然とできるようになっていきます。
 これが日常で、数多くの人が乗り越えてきた事柄でもあります。その人にできるのなら、自分たちにもできるはずなのですから、やらない手はありませんね。

 そう思って考えると、すべての事柄のどこかには‘ヒント’が存在しているように思えてしまうのでした。

複雑な心があってこそ、貴方というキャラが生まれる。

 これだけ多くの性格があり、いろんな人種があるこの地球。それだけ多い世界観が存在し、その人にしか描けない未来があるのなら、キャラ一人ひとりに未来が用意されていてもおかしくない。そう考えていくと……


「いつしか、よりその相手を知ることにつながる。」


 今日はそんな話。

 


普段の生活で触れ合う相手も、性格がある。

 日々社会生活を続けていくうえで、触れ合う相手にも性格があり、好き嫌いも当然のようにあります。自分が好きなことでも、相手は嫌いだったり、そのことで意見の相違が生まれて、口論につながったりと、千差万別の世の中です。
 たとえ短い時間のふれあいだとしても、その相手の今の性格の片鱗に触れることができます。長く触れ合えば、相手のその過去の片鱗すら見えてくることになります。
 そうして触れ合っていくことで、人同士の生活が維持され、社会生活が保たれることになります。
 なら、その出会いを大切にしたいと思う私は、少ない会話でも、相手のことを深く知ろうとしていきます。


断片に触れ、より相手への‘興味’が生まれる。

 最近の世の中は、だましだまされの事件が増え、社会問題になり始めています。そんな中でも、多くの未来が生まれ新たな価値観や世界観が生まれます。悲しい出来事は人々を突き動かします。
 より良い未来を実現するために行動し、それは、集団の思考となり世界を変える大きな流れになっていきました。
 その未来は、その人にしか紡げない物語であり未来です。心が思い描く最良の未来は、その他の人々のためになる未来を紡ぐこともできます。それは反対に、ほかの人々を苦しめてしまうことも当然あります。

 物事にはいい面と悪い面が表裏一体で共存しています。完璧な平等はあり得ない世の中で、完璧を求めるあくなき欲求を追求するのも、自分なりの世界を紡ぎだすのも、今の生活がすべて足掛かりになっていきます。
 ならば、いまをどう考えるかにかかってきます。今の生活から何を得るのか、そして、それをどう生かすのか、そう考えていくことで未来への足掛かりになっていきます。
 多くの個性と出会い、いろいろな性格の人と出会い、とても楽しい時間が普段の生活では待ち受けています。その中には、だまして利益を得ようとする人も、利益を得ずに他人のために…とそう思う人も、多くの人の想いが錯綜しています。
 それは新たな未来を作り、歴史の記録に残っていくことになります。そして、触れ合っていけば行くほどに、その相手を知ることにつながります。

 心について、今週は取り上げましたが、次週は全く違う展開を企画しています。物語を紡ぐうえで、重要になってくることや、価値観の共有などを執筆動画や記事で取り上げていければと思います。
 そして、心は誰しもが持っているものです。生まれながらに持ち、成長していくうえで、環境に感化されながら、一人のオトナとして経験を積み成長していくことになります。
 このブログや執筆動画に巡り合えて、とてもうれしい限りです。数溢れる動画の中で、この普段話へとたどり着いた人や、ブログを見つけてくれた貴方は、私にとっては貴重な、視聴者です。

 そんな出会いを、言葉での出会いだとしても、大切にしていきたいと思う。今日この頃でした。
 最後まで視聴・読んでいただき。ありがとうございました(`・ω・´)ゞ

こちらの執筆動画は、以下のURLで視聴可能です。よろしくお願いします
(`・ω・´)ゞ

https://youtu.be/f7JYmZgV5hc

心の柔らかさはふとした瞬間に感じるもの…

心の柔らかさは、生まれつきという一面もあります。しかし、それでいて後天的に得られるものもあります。なら、こう考えることができます。

「心の機微に触れるほどに、より柔和になっていく……」

 今日は、そんな話。

 


人はどうしても‘悪い一面’を見てしまう。

 それは人の本能に至る部分なのかもしれません。自分に害を及ぼす人か、そうでない人かを、会話の中から探り出さなければいけません。そのため、必然的に相手の悪い面はどこかと、探してしまうことになります。あらさがしですね。
 それは、自分の好意にプラスαされ、意思に扇動される形で、必然的に相手にレッテルを貼っていくことになります。この人には警戒しないとと。
 そうすることで、心の平安を保つことができているのが人です。それは、心の防衛の一部で、なくてはならないものです。

 しかし、それが強く働きすぎると、より厄介なことになります。それが、味方は自分ばかりで他は敵。と極端にいえば、そうなってしまうのです。こうすることが一番なんだ。と育児にのめりこんでしまうことや、凝り固まった固定概念で育児をしてしまうと、こういった結論にたどり着いてしまうのです。

 防衛することは、とても大切なことですし、だまされないようにするためにも、防衛線を張ることは大切になります。しかし、張り過ぎるというのはマイナスの効果を生み出しかねません。
 それは‘固定概念’です。こうでなければいけないんだと、選択肢を固めてしまうことで、自由を失ってしまうのです。時代の流れで、変革していく世の中に、取り残されてしまう可能性すら生まれます。
 ところが、ある視点を設けることで、このことは、ガラッと変わります。


物事の‘いい面を見る’努力をする。

 これは、一概にできることではありません。かといってやらないと、その視点が生まれません。固定概念を取り払い、新たな視点を取り入れていくことで、より副産物のような価値観が生まれていきます。
 それは、視点を得るまでには気が付けなかったことで、新たな視点を手に入れたその時から、初めて歯車のように動きだします。それまで、凝り固まってしまった歯車が、油を刺したように回り始めるのです。

 人というのは、リスクを避ける努力をするというのが、本能に刻まれています。それが強く働き、言葉の発達とともに、よりそれが表面化しています。警戒しすぎて、固定概念にさいなまれてしまい。変革を恐れてしまうようになるのです。
 今が安定し、不安な要素が全くないのですから、変化が怖くなってきます。そうすると、相手に対してある種の‘レッテル’を貼り、仲間外れにしてしまうという行為に出てしまうのです。

 変化した先にも、悪い面だけではなく、いい面もあるはずなのに、その目を曇らせてしまいます。多くの情報に埋もれて、いい面が隠れてしまうのです。それが、孤独を生むきっかけを導きだしてしまうのです。
 生来、人同士は変わっていて当たりまえなのです。人と人は性格も異なれば容姿も異なります。自分にはなくて、相手にはあり優れているところもたくさんあります。
 なら、そこを‘変わっているから’と抜け物にするのではなく、変わっているからこそ、新たな‘変化’の可能性として、捉えることができれば、儲けものです。

 それは、寄り添うための心の柔らかさにつながり、柔軟性のある性格を作り出す土壌となります。


最後に…ここで上げたものは、あくまで解決の手段のひとつでしかありません。

 寄り添うための方法として、心の機微や柔軟性を身に付けていくことになります。ただ、それには、心の扉を開く必要があります。そこには、当然。だまそうとしてくる人が現れます。
 そして、そういう人はこういいます。‘だまされる方が悪い’のだと。善悪の話に移行してしまうのです。これは、どちらが悪いということはありません。そう、どちらも悪くないのです。
 こういうと、語弊を招きそうですが、だまされる方もだます方も人なら、だます方の人には‘そうなった理由’があるのです。単純に、だまし合いの中で育ってきたから、それしか知らない。という人もいれば、楽をして生きようなんて考えている人も当然います。

 人の数だけ、考え方があり、答えもあります。しかし、これだけは覚えておいてください。そのことで、相手も幸せになりますか?
 それを念頭に置いて考えると、その選択がもたらした結果に目を向けることになるのですから……
 そして、失敗を恐れないで下さい。誰もが間違えるのです。それが人なのですから。

 最後まで読んで、見ていただきありがとうございました(`・ω・´)ゞ


 こちらの記事は、下のyoutubeリンクから、執筆動画として同時公開しています。
https://youtu.be/9EtSXlA7CNs

心の強さで天使にも悪魔にもなる。

 どんな安定した生活や仕事をして、家庭環境を持っていたとしてもある瞬間、その安定は一気に崩れ去ってしまう可能性があるもの、それは未曽有の被害が及んだ自然災害などで、表面に現れます……


『災害は、平均的に試される‘試験’のようなもの』


 今日は、そんな話。

 


あらがえないものに出会ったとき。人は混乱する……

 普段なら理性を持ち合わせて、凛とした行動をする人でも、我を忘れることは多々あります。まして、普段からストレスにさらされている人ほど、暴走してしまうことがあるかもしれません。
 あらがいようのない、理不尽な状況に、我を忘れて我が強くなってしまう人もいますし、その反対もいます。あらがいようのないものに出会ったときに、自制心が強く活動し、自己犠牲と言えば聞こえが悪いですが、他者を優先して行動する人もいます。
 そう考えると、人の性格や人格が千差万別いることから、より細分化されて暴走してしまう人もいるのでしょう。誰もが、理知的で効率よくなんて、できませんから。

自然災害や未曽有の出来事は、課せられた試験……

 命の危機はそうそう襲ってこないもののため、盲目的になれてしまっていますが、意外と近くにありその身を狙っているのです。
 狙っているというと語弊を招きそうですが、その最たるものが交通事故です。普通に散歩をしていただけなのに、交通事故に巻き込まれて亡くなってしまったりと、痛ましいニュースが流れることもあります。
 そして、そのような事件が流れるたびに、意外と近くにそういうものがあるのだと再認識します。しかし、いつしかその記憶は薄れ、慣れっこになっていきます。そんな中で、自然災害は強く残り続けます。

 あらがうことができない自然災害は、甘んじて受けるしかありません。まぁ、現状ではですが。トライ&エラーで改善をしながら、人は進化を続けてきました。なら、ここから先の未来はいずれ、新しい価値観と世界観で、未来へと進んでいくことになります。
 正しく理解し、理知的に行動することで、乗り越えられるのですから。特に、この自然災害などは、自暴自棄になってしまう人をあぶりだすような、またそんな自暴自棄の人を、見つめなおさせるためのきっかけなのかもしれません。

 人は、誰でしも、自暴自棄になる可能性を秘めています。それがらが得ないものならではの行動で、心の安定を図るのには、必要不可欠なのかもしれません。しかし、他者を害してまで、安定を求めてしまうくらいの、貪欲さを持っている人は、意外と不安定な心理の上に、成り立っているのかもしれませんね。
 そんな自己中心的に考えてしまうような人でも、どこかに必ずきっかけがあるはずです。それを、単純に見つけられないため、自己中心的になってしまう可能性があります。

 それは、育ってきた環境も相まって。なおのこと暴力的になってしまうこともあります。そんな人でも、自分の内側の暴走したい気持ちをぐっと堪え、制御できれば、こっちのものです。
 そこに気が付けたことで、そこから改善していくことが可能になります。それは、採掘をするジャガイモのように、ぽろぽろと紐づけされた身が出てくることでしょう。日々、考えながら、理知的に行動できるきっかけは、誰しもが持っているものです。
 日々の状況を的確にとらえて、自分の心を養っていけるようになりたいものですね。

最後に……人は‘混乱’する生き物。

 ここで上げた対応策は‘あくまでも一例’です。この記事や執筆動画をきっかけに、考えるための足掛かりにしてくれると、冥利に尽きます。
 ストレスがかかると、人はどうしても自暴自棄になってしまうことが増えます。それは、単純な‘意思を伝えたい’という言葉では済まされないほどに、大量の意思をはらんでいます。
 そんな自暴自棄にならないように、他者を害さないようするようにと、考えるきっかけになってくれればと思います。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました(`・ω・´)ゞ

 こちらの記事は以下のURLでためになる執筆動画として、同時視聴可能になります。
https://youtu.be/3AWtCL_GMLU

心の安定は得難いけど、見えていないだけかも?

 仕事の安定に、生活の安定と一言で‘安定’と言ってもいろいろとありますが、その中でも、一番得難いものがあり。その安定を手に入れようとすると、どうしてもその手からすり抜けていってしまうもの。それが今日のテーマで……

『日々の喧噪に追われ‘安定’を求める両手の隙間から逃げてしまうもの。』

 今日はそんな話です。

 


普段の私生活を充実させるために、いろいろと悪戦苦闘をするけれど……

 毎日のように出社したり、リモートワークをして私生活を安定するために努力を惜しまないのが人の常です。私も執筆動画をアップしたりはてなブログにあげたりしています。
 安定した仕事と言えば、数年前までは、公務員が安定した仕事の代表のような位置づけになっていましたが、今は状況も変わってきたことで、人気な職業も変わってきています。

 youteuberなどの動画系の…職業といっていいのかはわかりませんが、youtuberもそういう意味では職業系といっても過言ではないほどの人気を持っています。
 人気のあるチャンネルになれば、それだけで食べていけるようになります。まぁ、私の場合は、誰かの心の片隅にひょっこり残っていてくれればそれでいいですが。

 と、話を戻すと。
 安定した仕事に就くことで、その対価として安定した生活を得られることになります。それが当たりまえで普通の日常でもあります。

 

そんな中でも、なかなか得難いのが…心の安定。

 日々仕事の喧噪にもまれてしまっていては、なかなか心の安定は得られません。不意に訪れる仕事終わりの焦燥感と脱力感で、自宅は単純な‘寝る場所’と化してしまうのです。
 そこに心の安定があるのでしょうか?あったとしても、体の疲れをいやすための安定で、肉体的安定ともいえそうです。なら、結婚をしたりすれば得られるものなのか……
 それも一概に言えないのが、心の安定と仕事の安定は表裏一体で、妙にかみ合いません。また、リモートワークなどであれば、多少の自由があり、リモートワークによって家族と一緒に仕事をできるようにすらなります。

 また、私のように作家がメインで活動している場合には、ほとんど仕事をしていません。そんな誰しもが得たい‘心の安定’ですが、ふとした瞬間の休日などは、得ていることでしょう。
 それは、自分の愛した人と、普段の生活を送ること。つまり‘寄り添う’ことで、心の安定は少しずつ安定していきます。
 それは、単純ではないかもしれません。まして、単身者であればなおのこと、寄り添う相手がいないですから。
 ならば、パートナーを見つけるときには、注意をしたいものです。それは‘自分の波長’に合うのかどうかを……

 そこに注目することで、より自分に合った安定したパートナーを得られることができます。寄り添ってしっかりとあなたを支えてくれる嫁や旦那がきっと現れます。それが、あなたの心を安定に導き、安らかな気持ちいしてくれるようになるのです。


最後に……ここで上げた寄り添い方は、あくまでも一例です。

 自分と寄り添ってくれるパートナーは意外と少ないかもしれません。まして、自分と波長が合うなんてことは、なかなかあり得ることではありません。しかし、自分にあった方法を‘考える’ことで、よりあなたらしい考察方向が生まれてきます。
 ここでは、このような‘考えるきっかけ’になるような動画や記事を書いていこうと思います。
 単純に答えを求めるのは簡単です。しかし、その道中の経験則は得られなくなってしまいます。ならば、ここから考えるための、きっかけとしてはいかがでしょうか。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。(`・ω・´)ゞ

こちらの記事は、以下のURLで同時視聴可能になりますので、そちらも、よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ
https://youtu.be/a3hTO_ExpyE

心のカタチは多くあるけれど、その心の鍵はどこに?

 人それぞれにある‘心’は人の数だけ多種多様に枝分かれをして、その人固有の性格を作り出しています。それは、愛するあなたの横にいる人や、彼女にもあるもので、恋愛にも密接に関係していきます。
 そんな心の扉を開く鍵は、意外と手元にあったり、相手の心を射止めるための、扉を開く鍵はもうすでに手の中にあるかもしれません……

「心と心の扉を開く鍵は、寄り添って相手を感じるほどに、その手にするもの。」

 今日はそんな話をお送りします。

 


言葉を介することで、意思の疎通はするけれど…

 人は生まれてから、義務教育を経ていくうちに「日本語」が身についていくことになります。そうして、その言葉は意思の疎通に使われるようになり、現代の生活が成り立っていることになります。
 何を買うにも、言葉を介してその意思を伝え、商品を購入する。それは、単純な購買だけではなく、人々の生活に密接にかかわり、必要不可欠なものになっています。しかも、それが当たりまえになっているため、盲目的に使っているのが日常です。

 そして、しばしば言い争いが発生します。それは、単純な考え方の違いのほかにも、このような原因も含まれます。それが……
 ‘意思の疎通の失敗’
 です。単純な言葉のやり取りの中で、意思の疎通が失敗してしまうことで、口論に発展してしまうことがあります。同じ目標を目指しているにもかかわらず、意思の疎通がうまくいかないことで、口論へと発展してしまうのです。
 これは、非常に残念なことで、自分の意思を伝えようとするあまり、相手の意見をブロックしてしまうのです。

 それは心の盾となり、相手の考えをブロックし、自分を突き通すために働いてしまうのです。それは、非常に残念なことで、どちらかが受け入れて上げることで何倍にも効果が発揮されるはずの能力を、減衰させてしまう可能性すらあります。
 そんな口論が繰り広げられてしまう理由が、今回の心の鍵にも深くかかわってきます。

それは、寄り添うことで相手の意思を柔軟に受け止める。

 心の機微や感情の機微と呼ばれるそれは、より柔軟な心を得ない限り、なかなか容易ではありません。何せ、自分には伝えたい想いと概念があるのですから、それを通そうとしてしまうのですから。
 であれば、受けての方が柔軟に吸収しなければ、口論へと発展して、最悪の場合、決裂してしまうのです。

 では、そんな柔軟にできるようになるのかというと、これが実に単純です……

 『相手の話を最後まで聞く』

 ということです。しかも‘深い意味で’です。
 言葉の節々から感じられる相手の意思は、声の抑揚に乗り、あなたの耳に届き、あなたの心を揺れ動かすことでしょう。それに影響を受けてしまい、どうしても口論に発展してしまうのです。
 当然、イラッ!とすることが多いかもしれません。相手の放つ言葉には‘言霊’が宿り、あなたを動かすために音波となり伝わってくるのですから。当然、それに対して対策を取らないと、心が揺さぶられてしまいます。

 なら、その防御として、強固な盾を持つのか。それが最善で最良のようにも見えますが、この方法は対外的にはいいというだけです。そう‘対外的’にはです。

 社交辞令のように、相手をするだけなら、その強固な盾でブロックしてしまえば、防ぐことは可能です。しかし、根本的には解決されません。
 相手が伝えようとしている意思のほとんどを‘弾いて’締まっているのですから。相手も何も得られませんし、自分も得られません。百害あって一利なしです。そこに生産性は生まれません。

 ではどうするのでしょうか。まずは、盾を捨ててみましょう。そうすることで、あなたは無防備になります。そのような場合は、回避するしかありませんね。そこで考えるのです。
 ‘相手はどんなことを思っているのだろう’と…
 そうすることで、相手の言葉の背景にある‘思い’がすべて聞こえてくるようになります。読唇術などのスキルもありますが、そのようなことよりも実に単純かもしれません。

 まして‘読書をする人’なら、なおのこと得意になっていきます。読書をすることで、行間からキャラの感情に思いを馳せたり、キャラに感情移入をして、物語を楽しむことになります。
 なら、これを‘現実で’使えばいいのです。相手はどんなことを思っているんだろうと……
 そう考えていくことで、より相手の心に寄り添えることになります。それは、単純な数行の文字だとしても、その言葉の中には相手の想いが入っています。そこから、どれだけ相手の想いを読み取れるのか、相手の好みや性格なども、慣れてくると読み取ることができるようになってきます。
 そうなってくると、あなたはもう。盾を持って防御する必要はなくなってくるのです。


最後に、防御をすることも大切だけど……

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。最後のまとめとして、これだけは念頭においてください……

 ‘ここに挙げた方法はあくまでも、一つの答えにしかすぎません’

 ということです。ここに挙げた考え方は、あくまでも‘私の’考え方にすぎません。そして、ここまで読んでくれた方、動画を視聴してくれた方は、私の考えを聞いたり見たうえで、一様に‘考えられる方’です。
 なら、その能力を使わない手はありません。ここで上げた私の考え方を例にすれば、順序だてて考えていくための梯子をつけたことになります。
 最初は‘真似’でもいいかもしれません。同じように考えて‘この人なら’と考えることで、より理想に近づいていくことになります。

 この記事や、動画では‘考えるためのきっかけ’として、特集しています。地頭力が求められ始めている昨今では、いまから考えて行動するようになれば、数年後には、今ではあり得ないことが叶っているでしょう。
 『あの時、こう考えたから、いまがある…』
 そう言えるように、未来を紡いでいきたいものです。


 最後まで視聴・読んでいただき、ありがとうございました。(`・ω・´)ゞ

こちらの執筆動画は、以下のURLで視聴可能です。
https://youtu.be/PKi1TrOXwxk