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結城里音のBLOG

PixivにてSSを執筆している作家のブログになります。

物語で紡ぐ、学ぶことが楽しくなった理由...

 日々、新しいことが増える中で、学ぶことが楽しいと思えるようになったのには、理由があって。それが今回のテーマ…

『知ることは、目標にたどり着くための、道しるべ。』

 今日はそんな話。

 


知識を求めれば、一定の答えが用意されている。

 何かを達成しようとした場合。進学校への進学などで、勉強をしなければいけないと思ったとします。それは、入試で必要となるもので、一定の成績を収めないと入学することはできません。
 それには、自分の足りないことが目に見えてわかってきます。自分には足りない成績として、明確な『数字』として突き付けられて、時に億劫になってしまうこともあることでしょう。
『ちっともわからない。どうすれば解けるんだ?』
 など、頭を抱えてしまうことが多くあります。
 それでも、受験生は学ぶことをやめません。それは、受験生に限らず、大人になっても同じです。

 なら、そこに何があるのでしょうか。受験勉強にも大人になって学ぶことでも、共通していることがあります。それは...

『目のまえに‘答え’が用意されている』

 ということです。
 受験勉強も、社会人になってからの勉強も、そのすべてが‘目の前に’答えがあります。よくこんなことわざがあります。

灯台下暗し’

 遠くを照らす灯台は、海路を迷わないようにと、船に目印となる光を照らすものですが、その明るい灯台でも、その足元は暗いままです。そのため、灯台の足元は真っ暗で見えないというさまから、遠くばかりを眺めていると、足元が見えなくなるという、例えになります。
 つまりそういうことなのです。足元に答えがあるにもかかわらず、ほかの場所を探してしまっているのです。そのことに気が付けると、勉強は一気に‘楽しいこと’に切り替わってきます。何せ…

‘答えはもう、足元に用意されている’

 のですから。


多くのことを知れば、それだけ多くの答えが用意される。

 一つの事柄を知ると、それに付随した関連性の高いものの答えも用意されます。そのため、関連したものを調べていくと、同じような答えが比較的簡単に得られることがあります。
 それはまるで‘実った芋’のように、ズルズルと関連する答えが見つかっていきます。こうなると見つけた人はこう考えるようになります。
『まなぶのって、楽しい!!』
 と。このように考えることで、さらに答えを見つけやすくなる‘目’を持つことになります。

 それは『知識欲』として片づけられますが、この三文字だけには収まらない内容が、どんどん見つけれるようになります。それは、欲求に裏打ちされた、サイクルで多くのことを求めるようになります。
 そのことが、さらに『楽しい』という感情を生み出し、正の連鎖を繰り返していくことになるのです。

知ることは、明日への道しるべになる。

 最後に、知識を得ていくと、さらに新しいものを知りたくなる衝動にかられます。多くのことを得て、楽しいと思えるようになったあなたは、人が驚くようなスピードで成績を上げていくことでしょう。
 しかし、驚くことではありません。何しろそのこと自体が『楽しいこと』なんですから。


 こちらの記事は、以下のURLで執筆動画が見れます。
https://youtu.be/Mo_Dbks4LIA